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小説『鳩の撃退法』(佐藤正午/小学館)~起伏の多い山を登るような読書体験~

どうもにっしーです。

今回ご紹介するのは少し前の作品でして、正直クセはあるのですが間違いなく面白いです。ジャンルは・・・何だろう?ハードボイルド?

ハードボイルド(英語:hardboiled)は、文芸用語としては、暴力的・反道徳的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体をいう。(引用:Wikipedia)

殺伐とした世界観の中で精神・肉体共にたくましく生きる主人公像らしいです。固くゆでられたゆで卵のようにw(なんでそんな例えになるのか)。

にしてもちょっと思ってたのと違うんですよね。個人的にハードボイルド小説とは

1.自由業の軟弱な主人公が
2.なぜか女性に大モテ
3.どこからか裏稼業が出てきて
4.主人公が痛い目に遭わされる

といったパターンかなと思っておりました。探〇物語、濱マイ〇、〇IFT(どれも小説じゃなくてTVドラマですが)の影響?ひょっとしたら私が知っているのは最早、どれもハードボイルド「風」でしかないのかもしれませんね。100年くらい歴史があるジャンルなので、長い年月の末ハードボイルドの亜流が主流となってしまったのかもしれません。

ともあれ今回ご紹介する小説『鳩の撃退法(佐藤正午/小学館)』は上記『私的』ハードボイルドの4条件にガッチリ当てはまった作品となります。

どういう本?

本作は佐藤正午による長編小説。2014年に小学館から出版され、第6回(2015年度)山田風太郎賞を受賞しました。また、藤原竜也さん主演で2021年に映画化されています。

やや難読な面もありますが、とてもユニークで面白い小説です。今回はどう難読なのかについて率直にご説明しつつ、読んで楽しい点も挙げていきたいと思います。難読ゆえに「これだけは読まんとこ」と思われてしまう気も多少いたしますが、本気でおすすめしたい本です。(そこに山があるから、的に読んでもらえることも期待しつつ。。。)

今回は「ネタバレあり」となりますので、予備知識なしでお読みになりたい方はご注意ください。

あらすじ

とある地方都市でいくつかの奇妙な事件が連鎖的に発生します。

小説家くずれの中年男性である主人公は、知らないうちに一連の事件に巻き込まれ、やがて他ならぬ自分がそれらを無自覚に引き起こした張本人であることに気づき、危険な目にも遭いつつ、その体験をもとに執筆を進めていきます。

主人公自身が見聞した事実をベースとしながら、そこに主人公が脚色や推測や想像や創作を加え、「過去に実際にあった事実」ではなく「過去にあり得た事実」を小説として描いていく話(もちろんフィクション)です。

物語の特徴

『幸地家の幼い娘は父親のことをヒデヨシと呼んでいた』
と書き出される本作の冒頭部では、平凡でありながらも温かみのある家庭像が描かれそこから話が展開していきます。そしてなんと!この序章が既に、小説の世界の中で書かれた小説、つまり「作中作」となります。多くの小説において作中作は斜体字などフォントが違ったりするのですが、本作のフォントは全編共通ですw。

しばらくは作中作を匂わせることすらなく話が進んでいくため、読者は物語の本筋だと誤解しながら序章を読み進めることになります。幼い娘のいる幸地秀吉という人物は実際に登場するものの娘に実際どう呼ばれていたかは完全に主人公の創作な訳でして、そんな入り方をする小説を「クセ強」と言わずして何と言おう!!?ですよね。

私は何十ページか読んでから作中作と気づき最初から読み返さずにはいられなくなってしまいました。しかもほかにもトリックはありまして、似たようなことを読了まで何度か繰り返しました。登りと下りを繰り返しながら標高を上げていく登山の様でした。

都度読み返さないといけないかというとそうでもないと思うのですが、私の様に初読で話の筋を細かく理解したうえでエンドを迎えたいタイプの人、とりあえず通読して満足するまで周回するタイプの人、いずれにとっても非常に読みごたえのある小説となります。何せちょっとした場面転換で「作中の事実」と「主人公の創作」とがしれっと切り替わるので。。

なお、伏線もたくさん張ってありますので濃厚な読書体験が保証されております。

いろいろ試される本

読み進めるのに苦労するポイントは以下3つの時間軸を行き来する点に集約されます。

1.執筆をしている現在の日常(中盤以降に登場)
2.実際体験した一連の奇妙な事件(回想。作中作の一部でもある)
3.完成させた小説のうち2ではない部分(創作。作中作の残りの部分。冒頭もこれ)

まず序盤を潜り抜けても(作中作があるぞと知っても)2と3を判別できないもやもやと闘いながら読むことになります。『三人称視点となっていれば3』という判別ポイントもある(後半に入ってから気づきました。)のですが、そこも巧妙で三人称視点と特定できないシーンの方が多い。

また執筆シーンが1のみならず2にもありますのでこれも混同の原因となります。見分けるカギはちゃんとあるのですが、これは終盤になると分かります。(たっぷり読み返させていただきました)。まるで読者を掌で転がすために書かれたような本。試練に立ち向かう様な読書体験。なんでこんなん読んだんだろう。。。。そういえば1000ページぐらいあったっけ。。よう読んだな。。

小説としては◎

本作の仕掛けについてボヤキを交えてご紹介してきましたが、ここから中身の魅力に触れていきます。

何はともあれ主人公です。彼はいろいろあって断筆している作家で、実は結構クズっぽくてとにかく感情移入が困難な人物です。一方で彼は小心者で心配性で悩みだらけでして、絶妙に親近感がわく部分もあります。悩みというのも、読者だけが知っている情報を知らないがゆえであったりと、つい気になってしまう存在です。

特筆すべきなのはテンポ良くコミカルに描写された会話で、読んでいて楽しいためページをめくる手が止まらなくなってしまいます。また話の筋はつねに予想の斜め上を行く展開の連続で、素晴らしく面白いです。

というわけで私は何とか読破できました。ラストで奇跡が起きるのですが決して突拍子もない出来事ではなく、そこまで積み上げてきたリアリティから自然に展開される結果でして、間違いなく優れた小説だと言えます。いろいろ苦労はありましたが、読み終えるとまさしく登頂した気分、感想は「読んでよかった」に尽きます。

最後に

私はまだまだ紙の本が好きで本作も紙で読んだのですが、読み返すことの多い本作に関してはワード検索可能な電子書籍で購入しなかったことを後悔しています。
・どこかで見た人名が出てきてた
・エピソードの虚実関係がわからなくなった
・いま伏線が回収されたっぽいがなんっだっけ?
等々、人名やセリフでワード検索できれば、かなりストレスを軽減できたと思います。「誰かとどうしてもシェアしたい」でなければ電子書籍をおすすめします。

映画版も気になります。映画化、、、読者を迷子にするのが趣旨といっても過言ではないこの小説をどう料理したのでしょう。そのうち見てみたいと思います!

最後までお読み下さり、ありがとうございました。

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